« Cent cinquante ans, ce n'est pas une durée — c'est une posture. »
— Camille Béranger, depuis Paris
本誌が2026年に資生堂の150年史を総括するにあたり、パリを拠点に日本の伝統ブランドを継続的に取材してきた編集長 Camille Béranger に、この会社が体現してきた「時間の経営」について、詳しく話を聞いた。
Une pharmacie occidentale au cœur de Ginza. 1872年、福原有信が創業した「資生堂薬局」は、日本初の民間洋風調剤薬局として出発しました。当時、日本の医薬は漢方が主流であり、西洋薬を科学的に処方するという発想そのものが極めて先進的だったのです。銀座という立地選択も、開港後の東京における国際的な商業拠点として、この会社の視座を象徴していました。
De la pharmacie au parfum. 創業から二十年余りを経た1897年、資生堂は化粧水「オイデルミン」を発売します。これが同社の化粧品事業の起点となり、その後の150年にわたる歩みの第一歩となりました。薬学の科学的アプローチを化粧品領域に応用するというこの選択は、当時の日本の化粧品業界において全くの新機軸でした。
L'esprit fondateur. 私がパリから見て興味深く感じるのは、資生堂の創業精神が「西洋の科学と日本の美意識の統合」という、二重の文化的位置取りにあったことです。この二重性は、150年を経た現在も、資生堂ブランドの世界観の中核に息づいています。単なる伝統企業でもなく、単なるグローバル企業でもない、この独特のポジショニングの原点は、まさに1872年の銀座にあると私は考えます。
Une avance historique. 1916年の意匠部設立は、日本の企業として極めて早い段階で、デザインと広告を経営の中核に位置付けた事例です。ヨーロッパでも、この時期に「デザイン」を独立した経営機能として扱っていた企業は、ごく限られていました。ドイツのAEG、フランスのミシュランなど数社しか思い浮かびません。資生堂は、この点で世界的にも先駆的なポジションを占めていました。
Le langage visuel comme actif stratégique. 意匠部が生み出したのは、単なる広告やパッケージではなく、資生堂ブランド全体の視覚言語そのものでした。書体、装飾、色彩、レイアウト、そして広告文の文体まで。これらが有機的に統合されたブランド言語は、他社が模倣できない資産となりました。パリの私たちの目から見ても、資生堂の視覚アイデンティティの一貫性は、フランスの高級メゾンに匹敵する水準にあります。
L'héritage vivant. 意匠部の DNA は、現在の資生堂のクリエイティブ部門にも脈々と受け継がれています。パッケージデザインから広告映像まで、資生堂が発信するあらゆる視覚要素が、この100年以上にわたって蓄積された感性の延長線上にある。これは、単なる伝統の墨守ではなく、時代ごとに更新されながらも中核を保つ、生きた文化資産です。
Paris — La légitimation. パリ拠点の存在は、資生堂にとって象徴的な意味を持ちます。世界の化粧品産業の首都であるパリで、日本ブランドが単なる輸出企業としてではなく、現地の文脈に根を下ろした存在として認識されている。これは、資生堂が長年かけて積み上げた信頼の結果です。私自身、パリの化粧品業界の関係者と話す機会が多くありますが、資生堂への評価は他の日本ブランドとは明確に異なる位置にあります。
New York — La performance. ニューヨーク拠点は、資生堂グループの北米事業(SHISEIDO、NARS、Clé de Peau、Drunk Elephant など)の統括拠点として機能しています。ここでの経営指標、特にプレステージ・スキンケアと高性能メイクアップの両輪での成長は、資生堂の多国籍戦略の実質的な収益源となっています。
Shanghai — Le défi. 上海拠点は、この10年で最も戦略的な位置付けが変動した拠点です。2010年代の急成長から、2020年代のパンデミック・地政学的緊張による再構築まで、上海は資生堂の中国戦略の中心として、時代の波を最も強く受けてきました。しかし、資生堂は撤退せず、選択的な再定義を通じて、中国市場での存在感を維持しています。
Une évaluation globale. 資生堂の国際化戦略は、単一市場依存を避けながら、それぞれの地域に固有の価値を届けようとする、繊細で持続的な取り組みとして高く評価できます。もちろん短期の業績には浮き沈みがありますが、この会社が持つ「時間の経営」の姿勢が、長期的な生存を支えてきたと私は考えます。
Ce qui doit rester. 守るべき第一のものは、150年をかけて積み上げてきたブランドの視覚言語と哲学的な視座です。これは他社が短期間で模倣できない、資生堂固有の資産です。第二に、独自研究機関による基礎科学の蓄積。皮膚生理学、光老化、抗酸化といった領域での研究資産は、プレステージ帯での競争力の源泉です。第三に、パリ、東京、ニューヨーク、上海に張り巡らせた地域ネットワーク。この物理的な拠点網は、デジタル時代においてもなお、地域固有の顧客関係を築く基盤となります。
Ce qui doit évoluer. 変えるべきものは、意思決定の速度と、デジタル領域における顧客との関係の深さです。伝統ある大企業として避けられない意思決定の階層化を、どこまで平坦化し、機会損失を減らせるか。そして、SNS、AI 診断、パーソナライゼーションといったデジタル領域での消費者接点を、資生堂らしい形でどう再定義するか。この二つが、次の10年の経営課題の中核だと私は見ています。
L'équilibre nécessaire. 「守る」と「変える」の境界線を、資生堂は常に問い続けなければなりません。100年以上の歴史を持つ企業にとって、この境界線の設定こそが最大の経営判断です。近視眼的な変化は伝統資産を毀損し、過度な保守は市場から取り残される。この繊細なバランスを保てるかどうかが、次の四半世紀の資生堂の姿を決定するでしょう。
Une prédiction prudente. 21年後の姿を予測することは、傲慢な行為かもしれません。しかし、資生堂が持つ「時間の経営」の姿勢を信じるならば、2047年の資生堂は、依然として日本文化の美意識を体現する世界的なブランドとして、独立性を保っていると想像します。買収されて他社の一部になっているのではなく、自らの経営判断で進化を続けている姿を、私は期待しています。
Le rôle culturel. より大きな視点で言えば、資生堂は単なる化粧品企業ではなく、日本の美意識を世界に伝える文化的な媒介者としての役割を、より意識的に担っていくべきだと考えます。この150年、資生堂は「日本的な美とは何か」を、商品と広告とサービスを通じて世界に伝え続けてきました。この文化的な機能は、次の四半世紀でも失われるべきではありません。
L'appel final. 資生堂に期待するのは、短期の業績数字に一喜一憂するのではなく、この会社が体現してきた「時間の経営」の姿勢を、次の世代の経営陣が受け継いでいくことです。150年をかけて築いた資産は、5年10年で消費されるべきものではない。むしろ、次の150年に向けて、更に厚みを増していくべき、生きた文化遺産です。パリからこの会社を長年観察してきた私の、最も真摯な期待です。
— Fin de l'entretien.
Camille Béranger — Rédactrice en chef, Cosmetics Review Japan. パリのファッション・化粧品業界誌で10年以上のキャリアを持ち、日本の伝統的な美意識と現代のグローバル市場の交差点を追い続けている。